わたし的感覚 Vol.3「食事が愛を生んで、愛が食事を作る。」

一人暮らしを始めてから圧倒的に誰かと食卓を囲んで食事をすることが減った。

シェアハウスに住んでいるのだが、生活リズムが合わないためか「皆で一緒に食事をしよう」となったことが今まで一度もない。

シェアハウスごとに色があると思うのだが、うちは特に「各々が快適に暮らす」ことに重点が置かれている。

どこか寂しい気もするけど、仕事から疲れて帰ってきた時に挨拶程度で済むのは逆に気楽でいいかもしれない。誰かの生活音を感じつつ、自分の生活圏を侵されない安心感がある。

実家では、部屋よりもトイレの中が一番落ち着く場所だった。

鍵をかけてしまえば誰からも邪魔されないので、お気に入りの漫画を何冊かストックして置いて何度も何度も読み返していた。特にお気に入りは小花美穂の「こどものおもちゃ」と、篠原千絵の「天は赤い河のほとり」。

しかし、この間ツイッターを見ていたら、同じようにトイレにこもっていたら、ばい菌が入り手術をしたという内容のものが流れてきたのでこの行為自体はオススメできない。まあ、普通に考えてばっちいよね。

話は戻り、食事について。

住んではいないのだが「ペイパーカンパニー」というシェアハウスをよく訪ねる。うちとは真逆でみんなで食卓を囲むということが多いように思う。

というのも住人のカップル二人が「つちめい飯」というなんとも微笑ましいご飯メディアを作っているのだ。

その彼女が人が集まるとよくみんなに食事を振舞ってくれる。誰かの手料理を食べるだけでもほっとするのに、「うまい」「美味しい」という声を聞きながらお腹がふくれていく時間は体に優しい。

食卓を囲まなくても人と食事をすること、

例えばモーニングやお酒を飲みに行く行為も、より親密性や愛を生み出してくれる行為だと思う。

個人的な見解だが、ご飯は男でも女でもやはり2人がベストだ。相手としっかり向き合うという点では、3人がギリギリかな。

このエッセイのvol.1「彼氏と別れた」で、付き合って一ヶ月で彼氏と別れたことを書いたが、そういえば付き合っている間、私は彼に一度も料理をしたことはなかったことを思い出した。

たった一ヶ月なので、タイミングが合わなかったといえばそうなのだが、人間の三大欲求を司っている「食欲」は愛を育むにはやっぱり大事な要素なのだろう。

ただ、食事をすることで愛が生まれるのか、愛があるから食事をしたくなるのか。

鶏が先か、卵が先かみたいな複雑なことを考え出して「きっとどっちも正しいわ、うん。」となんとも適当な結論にいたった。

まあでも、やはり愛があるこそ一緒に食事をしたくなるのかもしれない。

彼との別れ話は、居酒屋に入って食べながらしたのだけど、付き合う前みたいにご飯を食べながら喋るのは楽しかったし、「らっきょう、うまッ」と二人で喋るこの瞬間がやっぱり好きなんだよなあなんて思ったりしたのだ。

愛と食事の関係性について書こうとしたら、なぜかセンチメンタルな感じになってしまったが、こうやって文章にかけるということはもう前に進んでいるのだろうなあ。

と、こんなことをリビングで書いていたらシェアメイトの女の子から「今度、トムヤムクン鍋しましょう」とのお誘いが。

食事が愛を生んで、愛が食事を作る。

ご飯を囲めば、うちのシェアハウスももっと明るくなるのかなあ。

 

写真:さどまち(@mck_sd
ご飯:つちめい飯 土田凌(@Ryotsuchida )&めいめい(@meimay_yoshioka 

関連記事 エッセイ”わたし的感覚”

Vol.1「彼氏と別れた
Vol.2「商店街がたまらなく好き

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さどまち

さどまち

1994年生まれ山口出身、台湾のハーフ
日常や感情を切り取るエッセイスト/写真家
エッセイメディア「MIMIUCHI」を運営。
会社員をやりながら撮影したりエッセイを執筆。

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