憧れを追うよりも、自分が納得する自分になりたい。

「憧れの人っているの?」

そう聞かれた時に、一瞬思考がとまった。その時に初めて自分が誰にも憧れていないことに気づいたからだ。

私をつくり上げた小説や映画はいくらでも挙げられるけど、芸能人やインフルエンサーをひと通り思い浮かべても、これといって「憧れ」に当てはまる人は思いつかなかった。

それは、きっと私がいい意味で「憧れの人をつくっても意味がない」と諦めているからだと思う。

憧れの人をひたすら追っていた学生の頃

私が小さい頃に憧れていたのはたったひとり、5歳年上の姉だ。

5年も先を生きている彼女は、いつだって私の行動の指針だった。

姉がフルートを始めたから吹奏楽部に入ったし、英語のスピーチ大会に出れば私も大会に出た。

地元の親善大使としてアメリカに交換留学した彼女をみて、私も試験をパスしてアメリカにいった。

そうやって姉が行くルートをとにかく追いかけまくった。今思えば、自分の人生を他人に委ねていたし、姉と同じ道をたどることで、親に褒められると思っていた。

自分は自分でしかないと気づいた

姉とルートが分かれたのは、高校生の時。

勉強が得意な姉は地元で1番の進学校に通っていたけど、私は物事をコツコツやっていくことが苦手で、高校に入るためだけにひたすら勉強をするなんて考えられなかった。

それよりもその先の大学のことが気になっていて、進学校に行かなくてもどうにか地元の国立大学にいけるチートルートがないかな、なんて打算的なことを考えていた。

結果的に姉とは別の高校に入り、考えていた地元の国立大学にも無事に入学。そうやって、いつのまにか自然と姉とは違う道へと進んでいった。


「まちこは学歴とか、そういう一般の常識に縛られない人じゃん」

ある日、姉が何気なく放ったそのひと言に、改めて私と彼女は違う人間なんだと気づいた。

姉は昔から「バカにされたの許せん!あの子よりも良い学校に入ってやる!」とナニクソ精神と勉強を結びつけるのがうまい人で、それに比べて私は勉強とは別の部分で人と差をつけたいタイプだった。

いくら憧れても私は姉にはなれない。得意なことも、出会った人も、将来へのビジョンも根本的に全部違うのだから。

自分が納得する自分になりたい

そもそも憧れの人に自分を近づけていくのって、なんだか虚しい。

もしその人みたいになれたとしても、それって本当に自分で考えて行動した結果なのだろうか。それって果たして自分といえるのだろうか。

もちろん、私だって好きな人や尊敬する人はたくさんいる。ただ、崇拝したり自分の言動や人生をその人に寄せていったりはしない。

誰かの人生を介した自分じゃなくて、「自分が納得する自分」をつくりあげることを私は大切にしたい。

死ぬ時に「私は私の人生を生きだぞ!!!」と胸をはって言えるおばあちゃんになって死んでいきたい。

たった一人を納得させられないで
世界中口説けるの

たった一人を不安にさせたままで
世界中幸せにできるの

自分の軸がグラつきそうな時は、モーニング娘。’14の「What is LOVE?」のこの歌詞を思いだす。

この歌詞の「たった一人」は、自分自身のことだと思うとやる気が出てくるのです。

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さどまち

さどまち

1994年生まれ山口出身、台湾のハーフ
日常や感情を切り取るエッセイスト/写真家
エッセイメディア「MIMIUCHI」を運営。
会社員をやりながら撮影したりエッセイを執筆。

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