「父の日」に無縁な私だからこそ描ける未来もあるのだ

今日は父の日だったらしい。

両親が中学生の時に離婚したため、ずいぶんと「父の日」には無縁な日々を過ごしている。だけど、今日くらいは父に対しての気持ちを文章に残しておこうかな。

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母と父が離婚した理由は割愛するが、離婚した頃の家は殺伐としていたと思う、多分。

多分というのは、姉と共に「離婚しなよ」と母に勧めた記憶があるくらいで、それ以外はもう覚えてない。人はつらい記憶は自然と消していくものなのだろう。

私は母よりも父の遺伝が強い。

親指の爪の形や、目の小ささや、鼻の高さとか。あと、楽な方についつい逃げてしまうところや浪費癖も。

だから、本能的に父のことが好きだった。父も姉より私のことを好きだったと勝手に思っている。

離婚してから父は歩いて5分の祖母の家に住んでいたため、鉢合わせてしまうこともあり、中学高校の時は、わざと祖母の家を迂回するルートを選んでいた気がする。

姉はまた「家族」になれないかと奮闘していたが、私は50歳過ぎた人間はそうそう変わることはできないのだと諦めていたし、出ていった父のことを多少憎んでいた。

両親の問題に対して、私たちは結局のところ部外者で、介入しても意味がないと子どもながらに俯瞰的に見ていた記憶がある。

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離婚して何年か後に、1度だけ家族の夢を見た。

私の家は金曜の夜に、みんなで金曜ロードショーを見るのが習慣で、夢に出てきたのは横でマッサージチェアに座る父と、映画を見るために買った沢山のジュースとお菓子。

みんなでワイワイしているその情景のあとに、父と外に出かけて手をギュッと繋いだところで目が覚めた。

起きた瞬間、大泣きしていた。

幸せだとは知らなかった幸せな日々はもう戻ってこないんだとその時に実感したのだ。

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公園で父と子が遊んでるのを見る度に、ああ、私にあの未来はもうないのだと絶望する。

1人でここまで育ててくれた母にはもちろん感謝しているが、父がいないことで愛情の穴が片方ポッカリ空いているのを時々感じるのだ。

母が新しい人を見つけて再婚していたとしてもこの穴は埋まらないだろう。私にとっての父は父しかいない。

地元を出る前、多分最後の食事の時に、父の財布に私と姉と母の3人で撮ったプリクラが貼られているのがチラッと見えた。

撮った記憶も薄れてたそのプリクラに触れることはなくその場は分かれたが、きっと、父は父なりに私たちを愛そうとしてくれたんだろう。

真実を知る術も勇気もない私は、そう信じるしかない。過去を美化したくはないし、かと言って悲しく掘り返したいわけではない。

ただ、私は今を幸せに生きるしかないし、父にもらえなかった愛情をいつかできる子どもに、たくさん、たくさんは注いでいきたいと思っている。

父よりもステキな人と結婚して、親子で公園に行ったり、手を繋いで幼稚園に連れていったり、子どもに恋人ができればからかいながらも相談に乗ったりするんだろう。

そんなステキな未来を想像できる人間になれたという点だけは、父に感謝しておこうかな、うん。

あと、父がいなければこんな美しい世界に生まれてすらなかったので生物的な部分でも感謝しておこう。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。さどまちでした。

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さどまち

さどまち

1994年生まれ山口出身、台湾のハーフ
日常や感情を切り取るエッセイスト/写真家
エッセイメディア「MIMIUCHI」を運営。
会社員をやりながら撮影したりエッセイを執筆。

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