負の感情だからこそかけるモノがある

「感情がフラットな状態の人間になりたい」

いつだったか、ツイッターでそんなことを呟いたことがある。

ここ何日か、いわゆる「感情がフラットな状態」だったのだけど、その間、驚くほど文章がかけなくなっていた。

怒りや自分への苛立ちなど、負のエネルギーから文章が書けていることに薄々気づいてはいたが、ここまで頭の中が空っぽになるとは。

凪のように穏やかに生きたいと思ってはいたけど、負の感情が常にあることが普通だったので、どうにもこの変化についていけない。

周りから「会った時と文章のギャップがありすぎる」と言われるが、負の感情を持った自分を俯瞰的に文章にすることで、何かしらバランスを保っているんだろう。

しかし、「自分なんて」が根本にある状態の方が、頭に思い浮かぶ言葉に熱量がこもるのはなぜなんだろう。

それでしか生きてこなかったから、それがないと自分じゃないみたいだ。

まだ慣れてないだけで、いつかこの状態が普通だと言える時がくるのかもしれない。

だけど、今はまだこの不思議な気分に浸っておこう。

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さどまち

さどまち

1994年生まれ山口出身、台湾のハーフ
日常や感情を切り取るエッセイスト/写真家
エッセイメディア「MIMIUCHI」を運営。
会社員をやりながら撮影したりエッセイを執筆。

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